2009/11/17

4568オバマ任期終了時には右の政権が増える、フィデル(091114)

 キューバのフィデル・カストロ前議長はReflexionの上で、アメリカのオバマ大統領が任期を終了したときには、ラテンアメリカで6から8の保守系政権ができているだろうと述べた。

 フィデルはさらに、オバマはラ米に「ホンジュラスの恥ずべき問題やコロンビアの併合問題」を残していくだろうとし、4年後には「ニクソン、ブッシュ、チェニーのような、ワシントンの極右勢力が大統領になるだろう」と付言した。

 カストロは、オバマを批判するのは「残念だ」としたが、「彼は他国に圧力をかけ、脅し、さらには誤魔化すようなやり方に抵抗できない人だ」と述べた。

(091114La Jornada: Tras terminar gestion de Obama habra 6 u 8 gobiernos de derecha en AL: Castro)

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2009/11/15

4562キューバ革命、戦闘の50年(その34) 第6部 文化政策「反革命的なら拒否」(9/終)

081208cultura10
(e-メール戦争)

 検閲は終わることなく続いているが、キューバに住む芸術家のほとんどは、当局に対して必死に獲得した地歩を失うことはしない。

 2007年、国営テレビに70年代の文化政策を推進した責任者が出演したことから、電子メールを通じて組織した抗議活動が行われ、その効果をあげた。
 小説家レオポルド・ゴンサレスは、当時の検閲者(複数)の汚点を指摘せず、彼らがキューバの文化や中心的な人物の生活へ貢献したと称えることは、「(作家の)ビルトリオ・ピニェーラや(ホセ)レサマ・リマ、その他の作家で、名誉を回復させずに死んだ人々に対する侮辱であり、キューバ文化が生きた受難の時代を再び生きようとするものだ」と書いた。

 文化政策の当局者は、そのような意図はないと否定し、一方、テレビ局幹部は、番組制作の若いプロデューサーが、インタビューの対象となった灰色の過去を知らなかったと、芸術家の会合で説明した。

 ハバナのロック・コンサートに行く現在の若者も、おそらくビートルズが禁止されていたことを知らないだろう。

 そしてついに、キューバの首都の公園に、細いズボンのミュージシャンの銅像が建ち、フィデル・カストロが除幕を行った。:ジョン・レノンの銅像

<写真:ラサロ・サーベドラのような芸術家は、2007年に「e-メール戦争」のような漫画を書いた。>
(081208BBC Mundo:"Contra la Revolucion, nada")

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2009/11/14

4557キューバ革命、戦闘の50年(その33)第6部 文化政策「反革命的なら拒否」(8)

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(新たな時代)

 キューバの批評家ヘラルド・モスケラは、現在は多くが亡命生活をしている80年代中期の造形芸術家は、当局の束縛を断ち切り、自由な創造精神を取り戻し、キューバ文化に新しい時代をもたらし始めたと説明する。
 「これは、これまで続いてきた弾圧が終わったことを意味するわけではなく、精神面、内面の自由が生じたということだ」数ヶ月前にカナダで開かれたキューバ芸術の展覧会のカタログの中で、彼はこのように書いている。

 芸術的創造に関する政策の先行きが余り変わらない兆候が見られたのは、1998年にフィデル・カストロが、その題名を引用せずに、トマス・グティエレス・アレアの「グアンタナメラ」を批判し、ある種の映画は「革命と人民の資源を使いながら、戦闘、抵抗、この国の無名戦士の功績を励ますものとはなっていない」と不満を表した。

 おそらくこのためで、イアン・パドロン2003年制作のドキュメンタリー「リーグの外で」は、5年間検閲の対象になった。この作品はキューバから逃れ、アメリカ大リーグで成功したオルランド・“エル・ドゥケ”・エルナンデスのような野球選手の証言を描いている。
 その作品のキューバテレビでの放映は2008年1月に行われ、ハバナで行われた第30回ラテンアメリカ新映画祭での上演は数日前のことだったが、このようなことは、事柄によっては事態が改善されつつあることを示している。

<写真:ジャネット。チャベスのような多くの若い芸術家がその作品に対する検閲問題を取り扱っている。>
(081208BBC Mundo:"Contra la Revolucion, nada")

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2009/11/10

4541キューバ革命、戦闘の50年(その32)第6部 文化政策「反革命的なら拒否」(7)

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(変化の空気)

 キューバ知識人の中には、1976年の文化省の創設が創作的活動の余地を徐々にもたらしたポジティブな変化を創ったとする人々がいる。
 また、70年代に「陶片追放」で非難された様々な芸術家は、少なくとも80年代初期までは「リハビリ」をしていなかったという者もいる。

 いずれにしても、80年代の中頃、ミハイル・ゴルバチョフの権力就任後のソ連に起こった事態への反応として、キューバ文化の雰囲気の中に変化の空気が感じられ始めた。

 この数年は、イデオロギーと文化に関して大きな論争と衝突が生じた時期であって、若い芸術家たちが、特に造形の分野で、政治指導者が期待しないうちに、地歩を固めることに利用した。

 衝突は時には暴力になり、たとえば、若い作家のグループと、若くはないがキューバの文学サークルの中で尊敬されていたカリルダ・オリベル・ラブラが、マタンサ市で詩を朗読している最中に、国のエージェンシーに殴られるようなことがあった。

<写真:カナダ展における、エドゥアルド・ポンフアンの「ユートピア」とアルトゥーロ・クエンカの「科学とイデオロギー」>
(081208BBC Mundo:"Contra la Revolucion, nada")

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2009/11/09

4538コロンビアの米国との協定は併合と同じ、フィデル(091107)

 キューバのフィデル・カストロは、6日付けの自己サイトで、コロンビアのアメリカとの協定は併合と同じであり、「ベネズエラの革命を破壊する」目的を持っていると非難した。

 10月30日にサイン、11月2日にコロンビアの外務省が公表した協定について、カストロは「空軍基地のみでなく、民間空港や電波空間までもヤンキーの手に委ねることになる」と述べた。
 また、1952年以来のワシントンとボゴタとの軍事協力協定を数え上げて、「この悪名高い協定が麻薬とテロに対する戦いだと言っているのは全く破廉恥なことだ」とした。

(091107La Jornada: El pacto con EU equivale a una anexion: Fidel Castro)

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2009/11/04

4524フアニータ・カストロ「ロシアの支援があるとCIA に伝えた」(091027)

091027juanita
(10月26日マイアミ発)

 キューバ革命の指導者、フィデル・カストロの妹、フアニータ・カストロは1961年、当時のハバナ駐在ブラジル大使で、後に軍事独裁時代(1964-1985)の第1外相になる、バスコ・レイタオ・ダ・クーニャの妻、ビルヒニア・レイタオ・ダ・クーニャを通して、CIAと通じていた。

 カストロ6兄弟の5番目のフアニータは76歳、「私の兄フィデルとラウル」のタイトルの本が最近出版され、また放送されて、当時の事実が明らかになっている。
 これまで隠されていた事実は、メキシコのジャーナリスト、マリア・アントニエタ・コリンスが書いたもので、スペインの出版社とアメリカのテレビネットとの独占契約となっている。

 ドンナの仮名のフアニータ・カストロは、ワシントンが最も強力にキューバに圧力をかけた時期の数年間CIAに協力し、アメリカがキューバに軍事攻撃する直前となった1962年10月のミサイル危機の数日前に、ロシアとキューバの協力を確認できる情報をもたらした。
 その約1年前の1961年、CIAはコチノ湾への侵攻に失敗したばかりだった。

 1964年以降マイアミに住むフアニータは、その告白の中で、ビルヒニアを通じて情報をCIAに渡し、「ソ連のミサイルがキューバに建造されており、ロシア人の数が日ごとに増加している」ことが確実であるとアメリカに確信させた。

 彼女とアメリカのエージェンシーとの最初の接触は、1961年メキシコシティーのカミニ・レアル・ホテルで行われ、これをビルヒニアがセットした。
 話の中でフアニータ・カストロは、「自分の兄弟を肉体的に消すようないかなる陰謀も行わない」ことを条件に、CIAの作戦に参加することを受け入れた」と話す。

 1964年、ラウル・カストロは彼女に、キューバ政府は「反革命活動」に関する対応策を持っていると話し、フアニータはそれをCIAに伝えて、交換条件としてキューバからの脱出を要求した。
 ユニビジョンの放送の中での発言で、その年の6月にフィデルに最後にあったが、彼女がCIAと関わっていることを知っている様子はなかったと語った。

 この記事の締め切りの時点で、フアニータの話について、キューバ、アメリカの反応はない。

<写真:フアニータ・カストロ76歳>
(091027La Jornada: Confirma Juanita Castro que informo a la CIA sobre la ayuda de Rusia a Cuba)

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2009/11/01

4518キューバ革命、戦闘の50年(その31)第6部 文化政策「反革命的なら拒否」(6)

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(恐怖の10年)

 パディージャの「自白」の数日後、ハバナで「第一回教育文化会議」が開催され、「イデオロギーの多様性」の様々な様式が分析され、流行から音楽の好みに至るまで「偏向」を抑圧することが決定された。
 また「『芸術性』というものによって、我々の青年層がホモセクシャルと認められるものの影響力を受けることを避けるべきである」ことも決議された。

 閉会に当たってフィデル・カストロは、「この会議は我が国の未来社会を少しばかりイメージするものだ」と発言した。

 その後の数年間は、随筆家オンドロシオ・フォルネトによれば、「灰色の5年間」であったし、これを「黒い10年間」と呼ぶ者もあった。小説家のアビリオ・エステベスは、「恐怖の10年間」と表現した。
 フォルネトによれば、この期間は政令などによって排除と阻害の政策が行われ、知的世界を偏執病に変えた。

 大学では社会主義的現実主義の美学が教えられ始め、亡命中のキューバ人芸術家の作品に触れることが禁じられたのは言うまでもない。

<写真:カストロ「この会議は我が国の未来社会を少しばかりイメージするものだ」>
(081208BBC Mundo:"Contra la Revolucion, nada")

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2009/10/31

4515記録的多数でキューバ制裁中止を要求、国連(091029)

091029record
 国連総会は29日、アメリカによるキューバ制裁の中止を求める決議を記録的多数で可決した。

 18年目となる投票では、187カ国が賛成し、わずか3カ国(米国、イスラエル、パラウ)が反対、ミクロネシアとマーシャルは棄権に回った。

 制裁に反対する国の数は、1992年には59であったが昨年は185に達していた。

<写真:国連は19932年以来制裁を非難し続けてきている。>
(091029BBC Mundo:Condena record a embargo a Cuba)

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4512ベネズエラとキューバは宗教を尊重していない、米国(091027)

 アメリカで公表された宗教の自由に関する年次報告で、キューバとベネズエラでは信教の自由が制限を受けている一方、ブラジル、スペイン、アルゼンチンではそれが改善されているとしている。
 チャベス政権を批判する宗教、特にカトリック教会は、「必要な攻撃と威嚇を受けている」とし、キューバでは、政府による制約は少ないものの、「広範な監視とアメリカ治安エージェンシーの浸透がある」と不満を表明している。

 これに関し、クリントン国務長官は、信教の自由と表現の自由は不可欠だとして、宗教への中傷を遺憾だとした。

(0910227La Jornada:Venezuela y Cuba no respetan religiuones: EU)

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2009/10/27

4497キューバ革命、戦闘の50年(その30)第6部 文化政策「反革命的なら拒否」(5)

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 70年代全体と80年代のほとんどの時期に活動した、キューバの芸術家と知識人にとって、最も決定的な瞬間はいわゆる「パディージャのケース」である。

 1968年、作家エルネスト・パディージャは、キューバ作家芸術家連盟UNEAC)の詩コンクールに「ゲームを外れて(Fuera del fuego)」を発表、受賞者となった。
 選定者の1人、詩人のマヌエル・ディアス・マルティネスは、パディージャに賞を与えないよう、政府のUNEACから強い圧力を受けたと書いている。当局はこの本が反革命的だと考えていた。

 この作品と、同じ年のテアトル賞を受け、UNEACからやはり「思想として反革命的」とされたアントニオ・アルファトの”Los siete contra Tebas"は、最終的には発刊された。
 1968年に、UNEAC詩部門のダビッド賞を受けた他の作品は、デルフィン・プラッツの「聾唖者の言語(Lenguaje de mudos)」で、販売に出る前に検閲で廃刊となった。

 1971年、パディージャとその妻は、作家ベルキス・クサ・マレとともに、反革命的活動に参加したとして逮捕された。
 数週間後、この詩人は釈放され、その「反革命的」過去を公の場で撤回した。この宣言の中で、彼の妻も含めて、他の芸術家の同様な罪を告発したが、彼らも自分の番が来ると自己批判をし、その姿がICAICのカメラに納められた。

 この「罪の告発」については、パディージャは後に秘密警察が演出したものだったと述べたし、当時の国際左派社会も嘘だと考えていた。
 影響力のある芸術家や知識人は、フィデル・カストロに手紙を送り、「告白したとされるものの内容や形式がばかげており、・・・スターリン時代を思い出させる。・・・我々は、キューバ革命が社会主義のモデルと考えた時代のものに戻って欲しい。」
 これに署名した人物の中に、シモン・ド・ボボワール、ピエル・パオロ・パゾリーニ、ジャン・ポール・サルトルらがいる。

<写真:「ゲームを外れて」はキューバで発刊されたが、デルフィン・プラッツの本はスペインだけで日の目を見た。>
(081208BBC Mundo:"Contra la Revolucion, nada")

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