2592五月広場の母、最後の行進:アルゼンチン(060126)
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「五月広場の母」は1月25日、軍政時代の数千人の行方不明事件解明を要求して行ってきた抵抗行進の最後を行った。
数百人の人々がブエノス・アイレス中心の歴史的広場に集まり、24時間続く行進に参加した。
行進は、これまで繰り返してきたのと同様、広場の中心にある、行方不明者の写真で覆われたピラミッドを回った。
25年間の戦いを続け、中には90歳を超えた女性もいる母親たちは、休息すべきだと感じている。
行進はやめるものの、すでに1500回実行してきた木曜日ごとの集会は続ける。
彼女らの会長エベ・デ・ボナフィーニは、「もう大統領官邸には敵がいない。」という。ネストル・キルチネル大統領は、軍事政権の人権侵害解明を政権の主要な旗印としている。
しかし、全ての人権団体がエベ・デ・ボナフィーニの決定に賛成しているわけではない。ボナフィーニは、母親を代表するひとつの組織の代表である。
「五月広場の母親-創設戦線」は、今回のイベントには参加せず、12月には抵抗の行進を続ける。
同じ立場は「五月広場の祖母」で、会長のエステラ・デ・カルロットは、今回の決定を尊重するが、それ以上に続ける理由があると説明する。
「3万人の行方不明者はどこにいるのでしょうか?盗まれた500人の子供はどこにいるのでしょうか?殺人犯人は何故刑務所に入っていないのでしょうか?」彼女は問いかける。
五月広場の母親は、アルゼンチンがまだ軍政下にあった1981年行進を始めた。80年代中頃、この会は分裂した。これは、エベ・デ・ボナフィーニの独善によるものだと言う人もいる。
また、1983年軍政終了後に政権に就いたラウル・アルフォンシン大統領に対する姿勢の違いだとするものもいる。
ボナフィーニたちが、同政権が抑圧者の無処罰特権を保証したと考えたのに対し、他のセクターは当時の政権に接近した。
<写真左:「もはや大統領官邸には敵がいない。」、写真右:木曜日毎に五月広場を巡る。>
(060126BBC Mundo(Martin Murphy):Un adios en la Plaza de Mayo)
http://news.bbc.co.uk/hi/spanish/latin_america/newsid_4649000/4649044.stm
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